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桃山時代に、忽然と花開いた高台寺蒔絵(こうだいじまきえ)

桃山時代に、忽然と花開いた高台寺蒔絵(こうだいじまきえ)

高台寺といえば、高台寺蒔絵と連想される方も多いと思います。
長かった戦国時代を終焉させた信長・秀吉。
その力をもとに、京の都を中心に城郭・寺院・邸宅など大建築の造営に力をそそぎました。

そしてその生活空間を金箔極彩色の障壁画で飾り、華やかな衣装で身をつつみ、蒔絵の道具類で彩る。
豪華さが花開いた桃山文化の時代背景に生まれた漆芸です。
黒と金の対比の美、この時代の人々の「美意識」の象徴ですね。

もともと、高台寺蒔絵として成立したものではなく、後になってその呼び名が成立したものだと言われています。

明治の茶人により、「高台寺蒔絵とい世人の賞翫するものは、東山高台寺の須弥檀しゅみだん)に施せる花筏(はないかだ)の蒔絵なり、今これを棗(なつめ)、炉縁(ろぶち)などにうつしまかせるに甚優美にてよろし」と記述されているのが、最初と言われています。


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